経済学者 飯田泰之 × 時代劇研究家 春日太一
地方への財源や権限の移譲を目指す「地方分権」改革。これを旗印とする政治家の人気は高まれど、実際は遅々として進まず。その理由は徳川家康の不人気っぷりと同根だった!?エドノミクス、今回は"国家"と"官僚"について、時代劇から現代を照射する!

武将は促成栽培できずとも、官僚は作れる



春日:家康が「田舎者の代表」だったからこそ、江戸幕府を開府できたとして、それを、きちんと統治する官僚が出てきたのが不思議です。地方分権国家だから、官僚というほどのものではなかったのかもしれません。しかし、それにしても優秀な人はいたわけです。東海地方には優秀な人が出てくるという話なのかもしれませんが、土井利勝や酒井忠世など、石田三成までにはいかないにしても、優秀な家臣が出ています。徳川のなりたちや変遷を見ると、文官が育つ土壌はない。それなのに、優秀な文官がハードな戦いの場にありながら出てくるのがおもしろいですね。

飯田:思うのですが、官僚って、意外と促成栽培ができるのではないでしょうか。例えば、明治政府は田舎者の集まりです。結局、行政が滞り、勘定系の旗本を呼び戻したりしました。でも、あっという間に近代国家になれた。少し、乱暴な言い方ですが、坐学って、無理やりつめて教えれば、なんとかなるんですよ。例えば、プロ野球の選手をいきなり育てろと言われてもムリだけど、年間で東大に受からせるというのは『ドラゴン桜』的にできる。

春日:もともと向いてる資質の人がいれば、なんとかなる、と。

飯田:必要があり、それを頑張れば出世できるとなれば、意外と促成栽培は可能なんですよ。

春日:そう考えると、本多正純とか土井利勝など、第二世代で優秀な者が出てきたというのは、若い世代は詰め込み学習でも吸収が速く、上の世代はとっとと引退してくれたので、それができたわけだ。

飯田:文官はカルチャーがないところに接合します。だから、後進資本主義国で官僚が強いのは、そもそも処理能力を持つ人間はみな、官僚になるための詰め込み学習をやってきた人だから。そして、次第に官僚が弱くなるのは、みんなができるようになってくるから。

春日:なるほど。本多平八郎を2人作れといわれたらできないですけど、本田正純が失脚しても、代わりがどんどんでてくる。替えがきくというのは、つまり、「お前でなくてはならない」ということはありえないということです。でも、そこにはある種の官僚国家の絶望も感じます。勝栄二郎(「影の総理」とも呼ばれ消費増税を推進した元財務官僚)の問題にしても、この人が辞めてもまた同じのが出てくるということでもあるわけですから。

飯田:でも、人が替わるたびに国の政治が変わったら大問題です。替えのきく人材で回すために、近代国家は、官僚機構を整備しなくてはならない。春日いい意味で機械的に、絶えず平均をやってないと統治機能が壊れるということですね。

飯田:幕府陸軍を作るときに、武士の抵抗が大きかったのは、近代戦では兵隊も替えがきかなくてはならないこと。

春日:そういうことですよね。

飯田:指揮官、佐官クラスでも、戦死したら次は誰、と、替えられないと作戦が回らなくなってしまいますから。

春日:代替不可能というのは、前時代のシステム。関ヶ原の合戦でも石田三成軍は島左近が戦死した途端、士気が落ちてしまった。

飯田:それが昔の「戦」です。春日人がいない、替えがきかなかったというのが、豊臣側の最大の問題だったのかもしれません。秀吉は1人ずつのヘッドハンティングで、いわば1軍スタメン選手しかいないようなもの。

飯田:逆に言えば、秀吉の場合、バラバラだったからこそ、「日本国」が必要だったのかもしれません。家康の場合、「だって、俺たち仲間じゃん¡」でつながれる。

春日:なあなあで話せますからね。同じ釜の飯を食ったよねって。

飯田:苦労したよね!俺たち一緒に浜松城、逃げ込んだよな!となる。このつながりには、理屈はいりません。

春日:マンガ『半蔵の門』で、秀吉が最後、ひょっとしたら自分は最後の最後で、家康に負けるかもしれないというときに、原作の小池一夫は、秀吉に「オレには、いないんだ」と言わせています。ずっと人でやってきた人間だから、誰も信頼できない。たとえ、自分が天下を取ったとしても、長くは続かないような気がするみたいなことを秀吉が語ります。小池一夫の批評家的な視線もあってでしょうけれど。

飯田:命をかけるような場面で、人は大義が必要となるものです。では、関ヶ原で、三成側に大義があったか?関が原って、大義の有無ではなく、大義を持ち出さなくてはならなかった三成と、そういうのがなくても何とかなった家康の対立だったといえますよね。

春日:司馬遼太郎はそこをきちんと描きましたね。司馬は「これが大義だ」「これが義だ」「これさえ言えば、みんなわかってくれるはず」と言いつつ、誰もわかってくれない孤独になっていく三成を描いた。

飯田:そういえば、今の官僚って、大学時代のつながりを大事にしますね。学者や政治家に対しても「だって、俺たち仲間じゃん!」って(笑)。



飯田泰之飯田泰之氏
’75年東京都出身。エコノミスト、駒澤大学准教授。専門はマクロ経済学、経済政策。わかりやすい経済解説には定評があり、雑誌やテレビ等でも活躍。単著に『飯田のミクロ新しい経済学の教科書』『歴史が教えるマネーの理論』など。共著に『農業で稼ぐ!経済学』『経済とお金儲けの真実』などがある。春日太一氏とは高校時代の先輩・後輩の間柄


春日太一春日太一氏
’77年東京都出身。時代劇研究家。時代の流れの中で変貌を余儀なくされる撮影所システムや文化について、現場の声を丹念に集めながら記録を続けている。著作に『天才勝新太郎』『時代劇は死なず!京都太秦の「職人」たち』『時代劇の作り方プロデューサー能村庸一の場合』『仁義なき日本沈没:東宝vs東映の戦後サバイバル』。また、『週刊文春』で連載中