経済学者 飯田泰之 × 時代劇研究家 春日太一
地方への財源や権限の移譲を目指す「地方分権」改革。これを旗印とする政治家の人気は高まれど、実際は遅々として進まず。その理由は徳川家康の不人気っぷりと同根だった!?エドノミクス、今回は"国家"と"官僚"について、時代劇から現代を照射する!



飯田:今回は、お金の話とはちょっと外れますが“、国”というものについて考えたいと思います。以前、「江戸幕府はある意味、全国を統治していたにもかかわらず、全国課税ができなかった」というお話をしました。しかも、それだけでなく、権力が分散していて、序列すらはっきりしない。しかし、だからこそ260年も続いたといえるそしてそれは、そもそもの江戸幕府のなりたち、徳川家康のあり方にルーツがあるように思います。

春日:家康って不思議ですよね。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康で「三英雄」と言われます。信長には港を有する熱田から、大津・琵琶湖・堺へ行く流れがあり、秀吉はその利権を受け継いだ。中央の商業圏を手にしているので、それを元に軍事力や勢力を広げていくことができるわけです。しかし、家康はずっと片隅にいた人。武田の金山を手にしますが、関東に移されてしまったり。家康が天下を取る段階では経済的にも圧倒的に負けている。それなのに、なぜ、天下をとれたのか?

飯田:ひとつ思うのは、家康は「田舎の代表」だったのではないでしょうか。あるいは「持たざる者の代表」。田中角栄的な。

春日:なるほど。担ぎ出されたと。

飯田:当時は、大名といっても、地頭領主や国人領主の流れを汲んだ、土豪連合体の親玉のようなもの。そんな国人にとっては、国という概念はありません。藩という概念が出てきたのですら1800年代です。

春日:信濃国、甲斐国はあっても、それを包括する国家というものはない。

飯田:とにかく「自分の土地」が大事だという地方大名にとって、家康は支持しやすい存在だったのではないか。例えば、信長についたら、絶対的に支配されてしまうかもしれない。そうならないよう、家康はものすごく考えていた気がしますね。

春日:大名たちにしてみたら、自分の力で手に入れてきたものを、よくわからないヤツに奪われたくはない。家康なら似たような立場だし、その苦労もわかってくれるかもしれない。そうなると彼が商業圏を得ていなかったのが、有利に働いたのかもしれません。

飯田:福島正則や加藤清正の立場に立てば、槍一本で領地とってきたのに、よくわからない理由で取り上げられたら敵いませんからね。

春日:関ヶ原の合戦でも、豊臣政権の中でも武断派と言われるような人が、家康につくし、伊達政宗とか大大名もそうです。長宗我部だって、徳川につきたかったのに、無理やり、拉致されたようなもので、挙げ句、皆殺しです。

飯田:家康はそうした大名らの思いを理解していたのではないか。ある意味、関ヶ原の合戦は、“時代遅れ”側が勝利を収めたといえます。

春日:時計の針を足利幕府に戻すという、すごいことをやってのけたのが関ヶ原だった、と。つい現代の発想から勘違いしてしまいがちですが、有力大名の多くは、中央に出て発言力を持とうとか考えてない。肥後なら肥後一国を牛耳れればいいわけですからね。

飯田:「国民国家」という概念は、明治時代の発明品ですから。

春日:せいぜい、榎本武揚くらいまでないですよね、「国」という発想は。

飯田:その意味で、「お家大事」を維持した家康は、極めて地方分権的だといえますよね。

春日:だから、皆、「家」を守るために家康についた。

飯田:さらには全国徴税もしない。つまり、江戸幕府というのは、「単なる代表者」だった。冒頭で、江戸幕府は権力が分散しているから260年続いたのかもしれないと言いましたが、革命が起きやすい国の条件というのがあるんです。それは、権力と人口が集中していること。典型なのがフランスです。パリとベルサイユを押さえ、王様をとれば王手飛車取りができる。

春日:スペインやイタリアに革命が起きないのも同じかもしれませんね。スペインとかいまだに独立運動やっていますし。バルセロナは言葉も違う。バルセロナに入ると、英語で「This is not Spain」と書いてあるらしいです(笑)。それはともかく、家康はそこをうまくやった。苦労人でもあったから、よくわかってたんでしょうね。この乱世で勝ち抜くにはこのやり方が一番だという最適解を、経験の中で見つけていたんでしょう。

家康が時代劇で悪役になる理由

飯田:しかし、僕が不思議なのは、時代劇などでの家康の描かれ方です。大体、悪役として描かれるし、そもそも、家康って、人気ないですよね。

春日:人生としては、圧倒的に波乱万丈だし、武者としても圧倒的に強いんですけどね。

飯田:家康は地方分権で成功し、逆にいうと最後まで中央集権ができなかった。一方、日本人は物語において中央集権が好き。江戸幕府の歴代将軍の中でも、中央集権を目指した『暴れん坊将軍』、吉宗は人気があります。

春日:現在でも、政治家に対し、「強いリーダーシップを」という言い方をよくしますよね。でも、ダメなヤツにリーダーシップを発揮されたら、それほど恐ろしいことはない。

飯田:それこそ、谷底一直線(笑)。

春日:現実に、ガチガチの中央集権タイプ、例えば、小泉元首相タイプと仕事したら、大変だと思うんですよね。

飯田:小泉さんは中央集権バイアスが強かったですね。橋下徹さんは出自と地勢学的な理由なのか、地方分権的。橋下さんがいまいち小泉的な人気にまでならないのは、地方分権と言っているからかもしれない。地方分権って、天下統一を目指さないわけで、カッコよくないキーワードなのかもしれない。

春日:『信長の野望』をやっていて、ツライのはそこなんですよ。僕は、天下統一する気がまるでないので(笑)。いくつか国をとって、ここをガッチリ守りたい。拠点にだけ軍隊おいて、あとは、ひたすら内政を高めていくのが、楽しいんですが。

飯田:(笑)。まあ、中央集権にしたら、何かすごくうまくいくのではないかという誤解があるんでしょうね。

春日:角栄的というか、地方分権的な場合は、みんな、それぞれがある程度頑張る必要があります。しかし、中央集権だとどこか官僚的で、ある種、他人任せの楽さがあります。

飯田:例えば、地方への業務移管について、実は全国知事会では結構、慎重論が多いんですよ。さすがに「県に権限を移すのは反対¡いらない¡』とは言わないんですが、県知事って、官僚にとってあがりポジションでもある。権限委譲されて仕事が大変になるのは避けたい。あまり大変な仕事はしたくない。今のまま、決めてもらったほうが楽という考えの知事もいるわけです。

春日:「誰かがうまくやってくれたらいい」というメンタリティですよね。日本人ってどこか、独裁者が好きですよね。現実的には家康がいいんだけど、信長に対して憧れを抱く。

飯田:実際、家康のほうがいいと思いますよ。でも、あまりにも日本的、現実的だから夢がない。

春日:さらに、講談の影響もあると思います。日本の場合、判官びいき、滅びゆくものに命をかける男たちという美学がある。『真田十勇士』では、家康は真田勢を策謀でやっつけていく圧倒的な権力者として描かれましたから。

飯田:そうした講談とか物語は、文化の先進地域で書かれます。当時のそれは関西です。関東が文化の先進地域になるのは、1820年代ですからね。

春日:江戸で物語ができるのは、『南総里見八犬伝』や『四谷怪談』くらいからですね。

飯田:それまでは、井原西鶴とか鶴屋南北とかすべて関西。関西のほうが教育水準も文化水準も高かった。物語の作り手は関西人であり、関西人は江戸に対するアンチもあったはずです。

春日:講談だと、楠木正成も関西。関東の人で、講談になるのってありませんからね。家康は主役になりにくかった。講談って、今でこそ古いものですが、当時にしたら今のラノベみたいなもの。最新のエンターテインメントだったことを考えると、やはり、文化の先進地域から生まれるものですもんね。



飯田泰之飯田泰之氏
’75年東京都出身。エコノミスト、駒澤大学准教授。専門はマクロ経済学、経済政策。わかりやすい経済解説には定評があり、雑誌やテレビ等でも活躍。単著に『飯田のミクロ新しい経済学の教科書』『歴史が教えるマネーの理論』など。共著に『農業で稼ぐ!経済学』『経済とお金儲けの真実』などがある。春日太一氏とは高校時代の先輩・後輩の間柄


春日太一春日太一氏
’77年東京都出身。時代劇研究家。時代の流れの中で変貌を余儀なくされる撮影所システムや文化について、現場の声を丹念に集めながら記録を続けている。著作に『天才勝新太郎』『時代劇は死なず!京都太秦の「職人」たち』『時代劇の作り方プロデューサー能村庸一の場合』『仁義なき日本沈没:東宝vs東映の戦後サバイバル』。また、『週刊文春』で連載中