吉田 恒氏 昨秋から一気に進んだ円安・株高は、4月に「黒田日銀」がスタートし「黒田緩和」が行われると一段と加速。円安・株高の「アベクロ相場」へ一段とパワーアップした形となりました。今回は、その「アベクロ」誕生までの舞台裏を少しのぞいてみたいと思います。


◆2・15、「武藤総裁」が消えた日


 そもそも黒田氏は、日銀総裁において当初は決して最有力候補とは見られていませんでした。一般的には、最有力候補は、同じ財務省OBの武藤氏と見られていました。ただ、当初より、安倍総理の「意中の人」の一人だった可能性は高そうです。

 一部報道によると、昨年12月、衆院選挙で安倍総裁率いる自民党が大勝する前後、安倍総裁側近は黒田氏と接触しています。そのうえで、1月7日、安倍総理の仕事始めに、黒田氏は総理官邸を訪れていたのです。

 それでも、一般的には「次期日銀総裁の最有力候補者は武藤氏」との見方が基本という状況が続いていました。そして2月15日、大手通信社は「次期日銀総裁は武藤氏が有力」と報じたのです。

 ところが、その日の日経平均は100円を大きく超える急落となりました。為替も小幅ながら円高に振れる動きになったのです。円安、株高をリードしてきた「アベノミクス」に、「武藤総裁」では水を差しかねない――。

 それは、武藤氏支持者とも「武藤総裁では厳しい」ことを客観的に確認するための意図的なリーク報道だったかもしれません。いずれにしても、この日が事実上「武藤総裁」の可能性が消えた日だったのではないでしょうか。


◆黒田総裁への最終関門は日米会談


 一方で、黒田総裁誕生にあたり、最大の障害とされたのは、黒田氏の後任のADB(アジア開発銀行)総裁ポストでした。それは、これまで日本が常に占めてきたポストであり、黒田氏の任期途中での辞任によって、それを失うことへの懸念は小さくなかったわけです。

 これに加えて、よりこの問題にナーバスになっていたのは、実は米政府だった可能性があります。仮に日本がADB総裁のポストを失い、それに中国からの候補者が就任することに対して、米政府は強い警戒心を抱いていた可能性があったのです。

 安倍総理及びその周辺は、日銀総裁人事は2月下旬の日米首脳会談終了後に決めるとの方針を示すことになったのですが、以上のように見てくると、「黒田日銀総裁」決定のためには、大げさな言い方をすると「米政府の承諾」が必要だったため、そんなタイムスケジュールになったのかもしれません。

 ただ、安倍総理にとって幸運だったのかもしれないのが中国の動きでした。中国では、3月から習近平新体制がスタートするわけですが、その幹部人事が取り沙汰されるなかで、どうやらADB総裁の最有力と見られていた人物が、事実上の「左遷」になりそうとの見方が出ていたのです。そうなると、「ライバル」中国は候補者推薦すら見送る可能性がある。

 こういったなかで、2月下旬の安倍総理の訪米には、異例の形で中尾財務官が随行しました。黒田氏の後任として中尾財務官を推薦することで、黒田日銀総裁となっても、ADB総裁ポストを中国に取られることはない、そんな米政府への説明が密かにあったのかもしれません。

 当初の方針通り、安倍総理の訪米からの帰国直後、2月25日に主要マスコミは一斉に「黒田日銀総裁確定」と報じました。その日の日経平均は大幅高、そして東京時間に為替も円安となりました。円安・株高「安倍相場」に黒田日銀が加勢することで、「アベクロ相場」になった日だったのです(下記<資料>参照)。(了)


※<資料>はコチラ⇒http://nikkan-spa.jp/?attachment_id=429108
<資料>


【吉田 恒氏】
1985年、立教大学文学部卒業後、(株)自由経済社(現・(株)T&Cフィナンシャルリサーチ)に入社。同社の代表取締役社長などを経て、2011年7月から、米国を本拠とするグローバル投資のリサーチャーズ・チーム、「マーケットエディターズ」の日本代表に就任。国際金融アナリストとして、執筆・講演などを精力的に行っている。また「M2JFXアカデミア」の学長も務めている。
2000年ITバブル崩壊、2002年の円急落、2007年円安バブル崩壊など大相場予測をことごとく的中させ話題に。「わかりやすい、役立つ」として、高い顧客支持を有する。
著書に『FX7つの成功法則』(ダイヤモンド社)など

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