【週刊チキーーダ!番外編】藤原敬之×飯田泰之対談



― 日本人はなぜ、投資と戦争が下手なのか? Vol.1 ―


 ファンド・マネージャーとして、累計5000億円を運用してきた藤原敬之氏が、「波多野聖」名義で著した『銭の戦争』。この歴史経済小説は、エコノミストの飯田泰之もお気に入り。ということで、『週刊SPA!』連載「週刊チキーーダ!」で、あいまみえた2人。「お金持ちになるためには?」がテーマの対談だったが、緊縮財政・アンチデフレ・清貧嫌い・高橋是清ヲタ・歴史好きという共通点から、話はあっちこっちで盛り上がり。そのほぼ、全文を「週刊チキーーダ!番外編」として、紹介する。

藤原敬之氏,飯田泰之氏藤原:大前提として、世界史上、現在ほど金持ちになれない時代はないんではないかと思いますね。リスクの許容というものがこんなに狭められている時代はありません。

飯田:実際、余裕資金で投資って考えると、その余裕資金がほとんどないわけですから。

藤原:ないですね。

飯田:実は僕、院生時代、灯油とガソリンの先物のサヤ取りで結構、稼いでたんです。あと、趣味で小豆を少々(笑)。あと、一部の極端に取引の少ない市場で制限ぎりぎりの値で指値をすると、ときどきうっかり入ってくる人がいるんです。それを即座に売るっていう方法で、月10万円そこそこの利益にはなりましたね。

藤原:いろんな人と会ってきたけど、灯油とガソリン、小豆で食ってた人、初めて見ましたよ(笑)。

飯田:院生なんて勉強以外することないんですよ。板付きの時間だけ見て、終わったら勉強して、っていう生活でした。ただ、投資をする上で板寄せ(定時にのみ競りによって取引が行われるルール)商品しか手を出さない、というのを自分のルールとして決めていました。ザラ場(市場が開いている間いつでも取引が行われるルール)のものは四六時中、相場が気になって、他のことが手につかない、投資廃人になってしまいますから。

藤原:それはクレバーだと思いますよ。相場の世界は厄介です。私は農林中金時代、債券先物のディーラーをしていたときに秒単位で売った買ったをやってましたが、一度、農林中金の経常利益が250億円のときに、1日で3億円損をしたことがあります。そのとき初めて、自分の血の気が引く音を聞きました。

飯田:波多野聖名義で発表された小説『銭の戦争』に、そのエピソードがありますね。

藤原:私の体験です。ザッっと紙の束が落ちるような音がして、そして、次の瞬間に汗がだくだく出てきた。

飯田:SPA!でもマネー誌を出しているのでいいにくい部分はあるのですが、マネー誌全般って、回転売買(何度も売り買いを繰り返すこと)せざるを得ないような戦略を推奨していることがありますよね。それは、決してお金持ちになる方法ではない気がするんです。さらに、ちょっと大きな話になりますが、マクロよりミクロの方が分析しやすい、っていう幻想って何なのかなと思うんです。マルクスも「生体の観察は容易であるが、細胞の観察は極めて困難である」と言っています。

藤原:マルクスの言葉については、テクノロジーが発達する前の19世紀の枠組みの中で考えるべきだと思うんですね。もしマルクスが今の時代に生きていたら絶対に統計学を駆使したと思います。

飯田:それは、そうでしょうね。

藤原:釈迦に説法で申し訳ないのですが、僕は経済学はある種、考古学だと思っています。マルクス経済学が19世紀という社会の枠組みの中でしか語れないように、経済学は普遍性を持ちえない。もし普遍性があると思って投資をしたら、いくらお金があったって足りません。

飯田:学会などで日本のエコノミストが集まると、すごく難しい高尚な話をした者が勝ちで、かつ、統計的分析が細かければ細かいほど素晴らしい、という風潮があります。僕自身、マクロモデルを扱っていて思うのですが、細かければ細かいほど当たらない。シミュレーションは細かくなればなるほど、仮説と仮置きをしていかなくてはならないので。

藤原:そうですよね。すべて“理論”の世界なんですから。しかし、理論の世界は仮説ひとつ崩れたら、すべてが崩れるということ。飯田さんがおっしゃる通り、学者の人たち、あるいは自分が頭がいいと思っている人たちは、理論化すること、モデル化することばかりに腐心する。しかし、そんなものは仮想の世界であって、この世は常に、ダイナミックに動いている。この世が動態的であるということを無視した世界は、それはそれで楽しいかもしれないけれど、それで金儲けができるかといえば、絶対にムリです。

飯田:実際、マクロの予想などでたまに使われているのが「セントルイス連銀モデル」という1950年台の理論なき計量といってよい時代遅れのモデルです。このほうが、最新モデルよりもパフォーマンスがよいこともあるといわれる。この「セントルイス連銀モデル」も外れるのは外れるんですが、どんどん細かくした最新モデルは、だんだん、プログラムを回すほうに一生懸命になってしまい、予想はどっちでもよくなるというケースもあります。

藤原:まさに「木を見て森を見ず」ですよね。私は、実務でお金を預かり、それをどう日本株で増やすか、ただそれだけにかかわってきたわけですが、もうそうなると、理論や理屈よりも、売買に魂が入るかどうかですからね。

飯田:投資が上手だった経済学者といえばケインズですね。ケインズって金や銅、あとは時期によっては砂糖の現物を持っていたそうなんですよ。これ、先物をやったことがある人はわかると思いますが、現先取りをしていたということなんではないかと。現持ちをするっていうことはふつうは現先でさやをとっていたということでしょう。ケインズが歴史的な経済学者であったことから「統計や経済理論を駆使した相場の天才」のように思われがちですが、やっていたことは古典的なミドルリターンを目指す投資だったんじゃないかと(笑)。

藤原:非常にシンプルですよね。大金持ちになる人たちって、決して複雑なことはしていません。

飯田:また、主著でもケインズの堅実な投資像がうかがえる部分がある。ケインズの「投機的需要」って、すごく難しい説明をされています。でも、債券が天井にあると思ったら、それ以上買い進まずに現金を保有しろっていうのがケインズの流動性選好なんじゃないか。結局、それって「休むも相場」ってことではないかと。

藤原:要するにタイミングですよね。優れた経済学者も優れた投資家も、物事は循環しているというあり方を知り、その「波」を読み取る能力のある人ですよ。

飯田:「波」というと……ちょっと細かい話になって恐縮なんですが、藤原さんって、例えば自分で運用されていて、ナンピン(手持ちの株式などが値下がりしたときにむしろ買い益すこと)ってされます?

藤原:自分が持っている銘柄の大前提が崩れたら、絶対にしません。しかし、前提が崩れてなくて一時的外部要因によって大きく下がったという場合は買います。例えば本業ではなく、投機の失敗や一部の人間の不法行為というのが悪材料になって下げているときですね。最近ですと、オリンパスがいい例ですが、私だったら、絶対ナンピンしますね。

飯田:実際、本業以外の失敗で完全に潰れる会社ってあまりないですからね。必ず立ち直ったり、どこかが救済に入る。しかし、多くの個人投資家は、みんなが売るときにあわてて売り、みんなが買い終わったころにあわてて買うっていうパターン。で、一定以下に下がっちゃったらもう恐くて売れずに塩漬け(笑)。

藤原:だから、銘柄の勉強が大事なんです。ファンド・マネージャーより、個人投資家のほうがずっと一銘柄の研究に費やせる時間は長い。これだと思った5~10銘柄については毎日、日経新聞を切り抜いて、銘柄毎のノートに貼っていけば、それだけで、その辺の証券会社のセールスマンよりずっとその銘柄について知ることもできる。そして大事なのは5年後、10年後、この会社はどうなるんだろうかっていう、そのイメージ。しかし、このイメージするイマジネーション力が日本人はないんですよ。目先しか見ていない。

飯田:加えて言うなら、企業もそうなんです。だから、連続的な需要の変化に日本企業は強いけれど、まったく違うプロジェクトや不連続なものには弱い。自動車産業やゲーム産業になぜ、強みを持てたのかというと、それは連続的需要の変化で発展できたから。しかし、例えばiPhoneのようなまったく違う概念の端末などの新規開発は苦手なんですよね。

⇒Vol.2「グローバル化できない日本人」に続く http://nikkan-spa.jp/313278


【藤原敬之】
1959年、大阪府出身。一橋大学法学部卒業後、農林中央金庫に入庫し、国内および米国指株式を運用。移行、野村投資顧問(現野村アセットマネジメント)、クレディ・スイス投資顧問(現アバディーン投信投資顧問)、日興アセットマネジメントなどで、ファンド・マネージャーとして活躍。運用した額は累計で5000億円。著書に『日本人はなぜ株で損をするのか?』(文春新書)、波多野聖名義で、小説『銭の戦争』『疑獄小説帝人事件』(扶桑社)がある。


【飯田泰之】
1975年、東京都出身。東京大学経済学部卒業、同大学大学院博士課程単位取得中退。駒澤大学経済学部准教授。著書に『脱貧困の経済学』(共著・ちくま文庫)、『ゼロから学ぶ経済政策 日本を幸福にする経済政策のつくり方』(角川oneテーマ21)『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ!』『飯田のミクロ 新しい経済学の教科書』(光文社新書)


<構成/鈴木靖子 撮影/山川修一>